京漬物(千枚漬・すぐき)の総本家近清は創業245年。お店の歴史をご紹介させていただきます。
バブルに沸き、そして弾けた元禄時代(1680〜1709)、その後始末を使命に八代将軍の座についた(享保元年1716年)吉宗は、財政建て直しの一環として米相場の安定を目指し、今で言う規制緩和を推し進め、士農工商制度の農工商の垣根を低くした事により農民が自分で作った物を直接販売する事が可能になりました。
正にその改革の波に乗り、近江の国で米問屋をしていた初代清右衛門(せいうえもん)は、近江の産物を販売する直営店「近江屋」(おうみや)を魚乃棚通り佛具屋町(現本社地)に構えます。 当時は北から「錦棚」(現在の錦商店街)「魚乃棚」(現六条通)「下の棚」(現正面通)が京の三棚と呼ばれるほど商いが栄えた通りで、魚乃棚通りは本願寺門前町として門徒客で大層賑った商店街でした。
創業時は主に門前客相手に奈良漬、味噌漬、ぬか漬を、明治に入り地元客対象に千枚漬、しば漬、辛子漬、すぐきを、昭和初期には料理屋向けに蕪や白菜、大根等の浅漬をレパートリーに加え、昭和初期には亀岡の農家数軒に栽培を委託、昭和50年代に入ると福島県稲田有機農法研究会や長崎県有機篤農会と次々に理解者を見つけ、契約栽培の先駆けと為り、昭和54年には伝統製法を守る良心的な食品製造業者の勉強会「良い食品の会」に入会、純正な加工法と添加物に依存しない商品作りを目指し、より鮮度よく商品を仕上げる為に昭和62年に契約農家の多い亀岡の地に第二工場と作業場を設立しました。